日本初・国内最大級|デジタル永代供養・次世代終活専門フォーラム・掲示板
NFT墓やデジタル遺品、新しい供養のカタチについて語り合うQ&Aコミュニティプラットフォームです。
正直にお答えください(笑)市販の終活ノート、途中で挫折したことありませんか?
本屋で買った立派なエンディングノート。「書くことが多すぎる」「銀行口座や暗証番号ばかりで、書いているうちに気が滅入ってきた…」という経験はありませんか?私はあります(笑)。
SATHUのノートはもっと「想い」にフォーカスしていますが、皆様が終活ノートを書く上で「ここが書きにくかった」「こういう項目があればもっと筆が進むのに」というリアルな本音や挫折ポイントを共有してください!
あ、まさに私のことかと思って思わず反応しちゃいました(笑)
立派な表紙のノートを買ったのは良いものの、「資産状況」とか「親戚の連絡先」のページで完全に手が止まってそのまま引き出しの奥へ……。銀行の口座番号とかクレカの情報を紙のノートに書いて家に置いておくのも、防犯的にどうなの?って途中で不安になっちゃったんですよね😅
かといってパソコンで管理しようにも、私になにかあった時に家族が開ける状態にしておかないと意味がないし……。
すごく分かります。私も数年前に兄を亡くした時、葬儀屋でもらったノートを意気揚々と書き始めたんですけどね…。
結局、財産目録のページで止まったままです。銀行の口座番号やら暗証番号やら、確認して記入するだけで一苦労だし、それを毎年更新するなんて考えると、もう嫌になっちゃって。
それに、管理者さんも仰る通り、事務的なことばかり書いてると、自分が死んだ後の手続きのために家族を動かすためだけのマニュアルを作ってるみたいで、なんだか寂しい気持ちになるんですよね。
「想い」にフォーカスって、具体的にどんな感じなんですか?
私は、お金のことは一度決めたら自動で管理してくれて、残った家族には楽しかった思い出とか、感謝の言葉とか、そういうのをメインに残せる形が理想なんですけど、なかなか現実には難しいですね。
はい、まさに挫折組です笑。市販のノートを開くと、銀行口座や保険の番号ばかり書かされて、まるで事務作業をしている気分になって嫌になっちゃったんですよね。途中で口座情報を変更したくなった時の修正も大変ですし。数字の管理よりも、家族への思いや「最期にどんな曲を流してほしいか」みたいな気持ちの整理から書き始められるノートなら、最後まで続けられる気がします。
まさにうちの母がそれでした(苦笑)本屋さんで分厚いノートを買ってきて意気込んでたんですが、項目が多すぎて途中で放置。しかも数年後、いざ確認しようとしたら「どこにしまい込んだか分からない」って大捜索する羽目になりました。紙のノートって紛失するし、パスワードや口座情報を手書きで残すのも防犯的に怖すぎますよね。スマホから手軽に入力できて、必要な人だけに安全に共有できる形じゃないと、結局続かないんだなと痛感しました。
市販のやつ、本屋でパラパラめくってそっと棚に戻しました。
あんな細かい項目をチマチマ埋める暇があるなら、うちの場合は先祖の墓を一つにまとめる莫大な費用をどう捻出するかを考える方がよっぽど現実的な問題なわけで。
綺麗なノートにペンで文字を並べたところで、墓の撤去費用が出るわけじゃないですからね。
挫折以前に、書いた後の置き場所に困ってやめました。
一人暮らしの部屋に置いておいても急なときに親が見つけられると思えないし、かといって遊びに来た友達に見られる位置に置くのも嫌だし…。
紙だと見られたくない秘密と、万が一の時に見てほしい情報の両立が無理でした。
紙のノート買っても、結局スマホのパスコードや2段階認証のバックアップどうすんの?ってなって秒で放置しました。紙にパスワード直書きとかセキュリティ的に論外だし、OS標準の追悼アカウント機能も設定が面倒すぎて普通に詰んでます。
市販のノートは、やたらと思い出話や「愛する人へのメッセージ」を綴らせようとするページが多くて閉口しました。資産管理や負債の整理を主眼に置いている身からすると、あのような情緒的な項目はノイズでしかありません。結局、私は自作のスプレッドシートに切り替えました。
特に墓という「管理コストだけがかかり続ける負債」をどう損切りし、更地に戻して返還するかというシビアな計画を立てるには、市販のフォーマットはあまりにぬるすぎます。残された人間が一番困るのは、書き手の思い出話ではなく、処分に数百万かかる不動産や墓の具体的な扱いでしょう。感情を排除して、登記簿や負債のリストを淡々と並べる方が、よほど親切な終活だという結論に至りました。
市販のノートは、親族の連絡先や家系図、お寺との付き合いといった「事務的な項目」が多すぎて、書いているうちに義務教育の宿題をこなしているような気分になって投げ出しました。30代だとまだ人間関係も流動的ですし、数年も経てば記載内容が古くなるのが目に見えているのも筆が止まる原因です。結局、自分はスマホで短い動画を撮って、その時々の考えを残すスタイルに切り替えました。枠を埋める作業に追われるより、声や表情をそのまま保存する方が、万が一の時に受け取る側へ伝わる情報量も圧倒的に多いはずです。一冊を完璧に仕上げようとする形式主義を捨ててからは、かなり気が楽になりました。
自分も数冊試しましたが、結局どれも三日坊主で終わりました。市販のものは「自分史」や「家族への感謝」といった情緒的な項目が多すぎて、実務的な解決には程遠いと感じたからです。私が一番知りたいのは、親が田舎に残した「売れない土地」をどう処理すべきか、その一点だけ。毎年送られてくる固定資産税の納付書を眺めるたびに、ノートの華やかな表紙がひどく虚無的に見えてきます。今はノートを捨て、資産価値のない不動産の目録と、いざという時の解体費用の見積もりだけをまとめた自作のファイルを作っています。綺麗なノートを埋める余裕があるのは、幸せな相続ができる人だけなのかもしれません。
市販のノートは、家系図や親戚の連絡先、自分史といった「書くべき項目」が多すぎて、埋める作業自体が目的になってしまう気がします。特に私のような分家の人間にとっては、先祖代々の墓に関する項目があっても書くことがなく、そこだけ空白が目立つのも挫折の要因でした。結局、立派な冊子を完成させる達成感よりも、いざという時に残された側が困らない最低限の情報がどこにあるかを示すことの方が重要だと痛感しています。今はノートの形式にこだわらず、資産状況と葬儀の希望だけを箇条書きにして、いつでも書き直せるデジタルツールに切り替えました。まずはハードルを極限まで下げない限り、終わりまで辿り着くのは至難の業です。
挫折どころか、三冊ほど中途半端な状態で本棚に眠っています。市販のノートはページ数も項目も多すぎて、完成させなければいけないという義務感に疲れてしまいました。特に自分史や思い出のページは、振り返り始めると感情が入り混じってしまい、なかなか筆が進みません。40代の今はまだ生活環境も変わりますし、書き直しが大変な紙のノートよりも、いざという時に大切な人へ「これだけは伝えたい」というメッセージを確実に託せる仕組みの方が、心理的な負担がずっと軽いと感じています。
市販のノートは、項目を埋めること自体が目的になってしまい、本質的な悩みから遠ざかる気がして早々に手放しました。私にとっての最優先事項は「遠方にある墓をどう整理するか」という切実な金銭的・物理的な問題なのですが、既製品のフォーマットは供養の心構えや思い出話にページを割きすぎていて、実務的なシミュレーションには不向きです。結局、ノートをきれいに書き上げることよりも、Excelで墓じまいの見積もりを計算したり、スマホのメモに銀行口座をリストアップしたりする方が、よほど死後への備えとして機能しています。立派な冊子を完成させる達成感よりも、移動にかかる交通費をどう捻出するかという現実と向き合う方が、私には必要な終活だと言い聞かせています。
私も一冊手元にありますが、小学校の頃の思い出や職歴など、過去を遡る項目があまりに多くて、書く前から疲れてしまいました。80年も生きていると、そのすべてを振り返って文字にするのは相当な労力です。
特に親戚の住所録などは、年賀状のやり取りがなくなった今となっては調べる術もなく、空欄のまま。結局、一番伝えたいはずの「延命治療の有無」や「お墓の希望」という核心に辿り着く前に、過去の整理で力尽きてしまうのが、あの手のノートの難しいところだと感じます。今はもう、一冊を完成させることは諦めて、その時々に頭に浮かんだ「これだけは頼む」という要点だけを、別の場所に書き留めるようにしています。
- 18 フォーラム
- 37 トピック
- 727 投稿
- 0 オンライン
- 191 会員
