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日常の中で「徳を積む(タムブン)」とい…
 
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日常の中で「徳を積む(タムブン)」ということ。皆様はどんな善い行いを意識していますか?

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12 ユーザー
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(@admin_sathu)
Admin
結合: 9か月前
投稿: 26
トピックスターター   [#15]

タイの仏教では、他者に施しをし、善い行いをして「徳を積む」ことが人生において非常に大切にされています。それは自分のためだけでなく、一族や大切な人の未来を照らす光になります。
コンビニで募金をすること、誰かに優しい言葉をかけること。皆様が日常で意識している「徳積み」のエピソードや、この概念についての想いを温かく語り合う部屋です。



   
引用
akemi
(@akemi)
Active Member
結合: 1か月前
投稿: 5
 

 素敵なトピックですね。70代になってから、若い頃よりもそういう「日々の小さな行い」の大切さが身に沁みるようになりました。私の場合、特別なことは何もできませんが、近所ですれ違う方に自分から元気に挨拶をすることや、ゴミ出しの時に集積所を少し綺麗に掃除することを日課にしています。ほんの小さなことですが、自分の気持ちも清々しくなりますしね。
 昔は親のお墓参りに遠方まで通うことが「供養」であり「善いこと」だと思い込んで無理をしていましたが、体調を崩してしまって。今では、遠くのお墓に縛られてため息をつくより、今ある日常で周りの人に優しくしたり、感謝の気持ちを持つことの方が、巡り巡ってご先祖様への一番の徳積みになるんじゃないかしらと思えるようになりました。



   
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あやの
(@aya)
New Member
結合: 1か月前
投稿: 2
 

日常の中で徳を積むって、すごく素敵ですね。私は普段そこまで大層なことはできていないのですが、街で見かけた寄付箱に小銭を入れたり、エレベーターでボタンを押してあげたりするくらいでしょうか。ただ、歳を重ねるにつれて「家族や周りの人に将来余計な負担や不安をかけないこと」も、立派な徳積み(善い行い)なのかなと感じるようになりました。



   
返信引用
ゆみこ
(@yumiyumi)
New Member
結合: 1か月前
投稿: 2
 

我が家は義理の親のお墓のことで親戚とあれこれあって、毎年の法事や遠方へのお墓参りがどこか「義務」みたいになっちゃってて正直ちょっと疲れちゃってたんです。でも、徳を積むっていうのは、見返りを求めずに大切な人や周りのために温かい気持ちを届けることなんですよね。

だから最近は、形式的な義務感を手放して、日常の中で「今日無事に過ごせたことへの感謝」を意識するようにしています。パート先で忙しそうな人に一声かけたり、スーパーのレジで「ありがとう」と伝えたり、そんな小さなことですけど!😊 

高いお布施や大きなお墓の管理に縛られてギスギスしてしまうより、日々の暮らしの中で心から感謝して徳を積んでいけるようなシンプルな供養が、もっと広がるといいなぁと思います。



   
返信引用
mika
 mika
(@mika_beauty)
New Member
結合: 1か月前
投稿: 2
 

皆さんのコメントを読んでいてハッとさせられました✨私も以前は「ちゃんとお墓参りに行かなきゃ」とか「型通りのことをしなきゃ」って義務感ばかり焦っていた気がします。でも本当に大切なのは、日々のちょっとした心づかいなんですよね。
私は日常で笑顔で人に接することや、自分が倒れた時に家族が困らないよう自分の身の回りの整理(遺影用の写真選びとか!)を少しずつ進めるようにしています。周りに負担をかけない準備をしておくのも、自分なりの大切な「徳積み」なのかもしれません🌸



   
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千佳
(@chika_yoga)
New Member
結合: 1か月前
投稿: 2
 

「徳を積む」って聞くと何か特別なことをしなきゃいけないのかなって思われがちですが、ヨガの教えでも日常の小さな執着を手放すことが心の平穏につながるとされていますよね。

​私は普段の生活で、道に落ちているゴミを一つ拾ったり、コンビニのお釣りを少し募金箱に入れたり、身近な人に「ありがとう」と伝えるような些細な行動を意識しています。

​立派なお墓を建てることや高額なお金をかけることだけに捉われず、生きているうちに周囲へ感謝を巡らせていくこと自体が、一番美しくてあたたかい供養の形なのかなと感じています。



   
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りかっこ
(@rika-open)
New Member
結合: 1か月前
投稿: 2
 

「徳を積む」って聞くと、昔はなんとなくお寺に高額なお布施をしたり、立派な石のお墓を建てて代々守ることなのかなって思い込んでいました。でも部屋の断捨離を進めていくうちに、形のあるモノに執着したり、後世に重い管理の手間を押し付けたりしないことこそが、周りへの一番の善行なんじゃないかなって感じるようになったんです。

見栄や形式のためにお金を使うより、普段から誰かにちょっと親切にしたり、自分の死後も人に迷惑をかけないよう身軽に準備しておくことのほうが、よっぽど温かい「徳積み」になる気がします。形のないデジタルな場所で静かに想いを繋いでいく生き方って、タムブンの考え方にもすごく通じるものがあって素敵ですよね。



   
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タイ好きマサ
(@love-thai)
New Member
結合: 1か月前
投稿: 2
 

タイに何度も通うようになってからタムブンが日々の自然な習慣になりました。現地の人たちって、朝の托鉢でお坊さんに食事を差し出したり、野良犬に少しご飯を分けたり、本当に日常の当たり前の風景として笑顔で徳を積んでいるんですよね。見返りを求めるんじゃなくて、周囲や次の世代に温かい循環を渡していく感覚がとても心地よくて。

日本だと「供養=高額なお布施や立派なお墓を維持し続けること」という義務感やプレッシャーになりがちですが、本来の功徳ってそうじゃないはず。

見栄や重い負担に縛られるのを手放して、「生きているうちに周りに優しくすること」や「残される家族に管理の手間や費用の負担を残さないスマートな準備をしておくこと」こそが、現代における最高のタムブンなんじゃないかなと感じています🙏✨



   
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もとき
(@motoki_photo)
New Member
結合: 1か月前
投稿: 2
 

仕事柄、日々膨大な数の写真を撮影していますが、最近は納品後の「データの行方」を考えることが自分なりの徳積みになっています。単に美しい写真を撮るだけでなく、そのデータが数十年後も家族の手元にちゃんと残るよう、整理のコツを伝えたり、バックアップの相談に無償で乗ったりすることを意識しています。

以前、あるシニアの方のポートレートを撮影した際、ご家族から「スマホの中に眠っている数千枚の写真をどうすればいいか」と相談を受けたことがありました。その場でクラウドの共有設定や不要なデータの見極め方をアドバイスしたのですが、その時の安堵した表情は忘れられません。

デジタル遺品は目に見えない分、放置すれば遺された人にとって大きな心理的負担になります。自分の専門知識を使って、誰かの「見えない後片付け」の不安を少しでも軽くすること。見返りを求めず、ただ誰かの将来の平穏のために時間を使うことは、巡り巡って自分自身の心の安定にも繋がっている気がします。



   
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めぐみ
(@angel_flower)
New Member
結合: 1か月前
投稿: 3
 

「徳を積む」と聞くと大層な寄付などを想像してしまいますが、私は「次に使う人や、後に残される人が困らないように整えること」を意識しています。例えば、外出先のトイレを次に使う人が気持ちいいように少し整えてから出るとか、公共の場で椅子を揃えるといった、名前も残らないような小さなことです。

終活の面で樹木葬に惹かれているのも、死後に自分が自然の一部となって、わずかでも環境を豊かにする一助になればという思いがあるからです。ただ、現実的に管理費などの維持費を考えると、後の世代に金銭的な負担を回してしまうのではないかという懸念も拭えません。自分亡き後に家族に迷惑をかけないよう、今のうちに納得のいくまで調べて資金的な目処を立てておくことも、自分なりの「徳」のあり方ではないかと考えるようになりました。まずは身の回りの整理を、誰かのためを思って淡々と続けていきたいです。



   
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勝典
(@katsunori-m)
New Member
結合: 4週間前
投稿: 2
 

徳を積むという行為を、私は「自分が去った後の場所を、来た時よりも少しだけ綺麗にする」ことだと捉えています。散歩中に見つけた道端のゴミを拾う、公共施設の洗面台をサッと拭くといった、名前も残らないような小さな事の積み重ねです。私のように墓継承者がおらず、いずれは自分の代でお墓に区切りをつけなければならない身としては、形あるものを次世代に繋げられない代わりに、せめて目に見えない善意のようなものを世の中に置いていきたいという願望があるのかもしれません。誰に褒められるわけでもない習慣ですが、こうした振る舞いを続けることで、自分の中にある将来への不安が、少しずつ「今を丁寧に生きている」という納得感に変わっていくような気がしています。



   
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吉沢つとむ
(@tenka1)
New Member
結合: 1か月前
投稿: 3
 

退職金を全額投じて立派な墓を建てることが、長年家族を支えてきた証であり、先祖供養としての「徳」だと思い込んでいた時期がありました。しかし、今の時代、子供たちに維持管理の負担を押し付けることは、果たして善い行いと言えるのか疑問が湧いています。最近は、形のあるものに固執するのではなく、自分が動けるうちに身の回りの整理を徹底し、家族に余計な気苦労をさせないという「無形の配慮」を最優先にしています。日常の些細な清掃活動なども大切ですが、後の世代が笑って暮らせるような道筋を作っておくことこそ、私なりの徳の積み方ではないかと考えるようになりました。



   
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