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山林を潰してまで、立派な墓を建てる異常さについて
最近、車で出かけた時に山肌がごっそり削られて、大きめな霊園が作られているのを見かけました。いま流行りの樹木葬だそうです。
重機が入って自然を壊してるのを見ると、何とも言えない気分になります。
そもそも、あんな何トンもあるような石材をわざわざ外国から切り出して、重油を燃やしながら船で長距離輸送して建てるのって、冷静に考えたらとんでもない環境破壊ですよね。
昔は派手な結婚式とか、祭壇に何百万もかけるような葬式がステータスだった時代もありましたけど、、、。今はもうそういう見栄っ張りな文化はとっくに衰退してるのに、なぜかお墓だけは「立派な石を建てるのが供養」って洗脳されたまま。
将来誰も手入れしなくなって放置されるのがオチなのに、わざわざ自然を壊してまで大量のCO2を出して石の塊を並べるなんて、もう完全に時代錯誤でしょ。
自分の自己満足のために地球に負荷をかけるような供養、私は絶対に御免です。
え?と思ってチャッピーに聞いたらこんな回答が。。そうなのかー、なにかがおかしい。。
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現在日本国内に流通している墓石用石材の約8割以上が外国産です。
主な輸入国:中国が全体の大部分を占めており、次いでインド、ベトナム、南アフリカ、ポルトガルなど世界各地から輸入されています。
加工工程も海外:採掘だけでなく、石材の切断・研磨・彫刻といった加工の大部分も中国(福建省など)の巨大工場で行われ、製品化された状態で日本へ海上輸送されています。
国産石材の現状:庵治石(香川県)や大島石(愛媛県)、真壁石(茨城県)などの国産銘石も存在しますが、採掘コストの高騰や採掘量の減少により極めて高額になるため、全体の1〜2割程度の流通にとどまっています。
本当ですね。うちも田舎に先祖代々の墓石がありますけれど、山の上にあって坂道もキツく、もう何年もまともにお参りに行けていません。
ほんとそれです。墓石の8割が海外から運ばれてるって知ってゾッとしました…
「樹木葬」って名前だけ聞くとすごく環境に良さそうなイメージありますけど、結局そのために山削って木を切り倒して造成してたら本末転倒じゃないですか?
死んでからまで「自分の居場所」のために自然壊してCo2撒き散らすとか、普通にエゴでしかない気がして。
残された家族にとっても、遠い山奥まで車出して草むしり通うの絶対負担だし。
形ある重いものを残す供養自体が、もう今の暮らしに合ってないんだと思います。
母の手元供養の骨壺の行き場に悩んでいる身としても、わざわざ自然を壊してまで新しいお墓や納骨場所を作るのは本当に抵抗があります。
どれだけ綺麗に作っても、形ある場所を残せば何十年後かに誰かが処分や片付けで苦しむだけなんですよね。もうこれ以上、物理的なモノや土地の負担を増やすのはやめたいです。
毎週のように山に入ってますが、登山道のすぐ近くでいきなり木がなぎ倒されて、重機が山肌を削っている現場に出くわすことが最近増えました。見ると「自然派霊園」や「樹木葬エリア造成中」の看板が立っていて本当に萎えます。
自分も「死んだら大好きな山に散骨してくれ」と家族に軽く頼んでいた時期があったのですが、調べてみたら水源地の問題や自治体の散骨条例、地権者の許可取りがめちゃくちゃ厳しくて諦めました。
自然が好きだから山に還りたいはずなのに、そのために自然を削ってコンクリで区画を作っているのを見ると、かなり本末転倒だなと山を歩くたびに感じます。
うちの親父もバブルの頃に愛知の山奥の霊園を買ったけど、今や親戚も誰も行かなくなって雑草と苔まみれの放置状態になってる。わざわざ山を切り開いてコンクリート流し込んで石並べたって、買った世代が死んだら数十年後にはただの山中の不法投棄ゾーンと変わらない扱いになるのがオチ。山を削ってまで形ある石を残すの、環境破壊なのはもちろんだけど、後の世代からしたら処分すらできない粗大ゴミを山に放置されてるのと同じで迷惑極まりない。
タイタンさんのレス見て激しく頷いちゃいました。旅先で綺麗な緑の中に急に重機が入ってて、墓地の造成看板が立ってるのを見ると本当に引きます。
私も死んだら自然に還りたくて散骨を調べていたんですけど、どこも許可や条例が厳しくて。だからといって、木を切り倒して人工的に作った「自然派霊園」に入るなんて完全に本末転倒ですよね。後の世代に負担もかけたくないし、地面に形を残すこと自体もうやめたいです。
自然を切り拓いてまで巨大な墓所を作るのは、今の時代感覚からすると確かに疑問が残ります。私の実家がある地方でも、山の斜面を削って墓石を並べていますが、結局その維持管理が次世代の大きな負担になっているのが現実です。石を建てることは一度きりの出費に見えて、実は永続的な管理費や清掃の手間を子孫に強いる、いわば「解約不能な終身契約」を結ばせているようなものではないでしょうか。私自身、自分亡き後のデジタル遺産の整理や、簡単には辞められないサブスクリプションの扱いに苦慮している身としては、後に残るものこそ極限までシンプルかつ、環境に負荷をかけない形であるべきだと強く感じます。立派な墓よりも、自然に還る樹木葬や、場所を取らないデジタル的な供養の形の方が、よほど現代的で誠実な選択と言えるかもしれません。
先祖代々の立派な墓を守ることが美徳とされた時代もありましたが、現代において自然を削ってまで石を積み上げることに、どれほどの意味があるのか疑問です。私は愛猫を亡くした際、広い墓地へ納めるよりも、自分の目の届く場所で一緒に過ごすことを選びました。分譲マンションの限られたスペースでも、写真の隣に遺骨を置くだけで十分な対話が成り立っています。管理しきれなくなった墓石が山に放置される将来のリスクを考えれば、形にこだわらず、命を育む山林をそのままの姿で次世代へ引き継ぐ方が、よほど理にかなった選択だと言えます。
山林を切り拓いてまで巨大な石の塔を建てるという行為は、今の時代、明らかにバランスを欠いています。私のような独り身の70代からすると、死後にまで自然を削って自分の場所を確保し続けることに、強い抵抗感があります。本来、山や森は生命が循環する場所であり、そこに人工的な石を大量に持ち込むことは、その循環を止めてしまうように思えてなりません。形あるものへの執着を捨て、データや記憶、あるいは自然そのものに溶け込んでいくような、もっと軽やかな終わりのあり方を模索すべき時期に来ているはずです。
立派な墓を維持し続けることの重圧を、もっと世間は直視すべきだと感じます。私の地元でも山を切り拓いて巨大な霊園が作られましたが、数十年経てば管理しきれなくなった「無縁墓」が並ぶのは目に見えています。自然を壊してまで石の塊を建てるよりも、今の時代は維持費がかからず、次世代に負担を残さない永代供養のほうが理にかなっているはずです。供養の形は本来、故人を偲ぶ気持ちにあるもので、物理的な大きさや豪華さを競うものではないでしょう。管理の行き届かない墓石が山の中に残されることこそ、環境にとっても遺族にとっても本当の意味での負担にしかなりません。
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